自己紹介

竹内 圭子
Keiko Takeuchi

ピアノ音楽講師 ミュージックベル編曲家ミュージックベル@友の会 主宰日本音楽療法学会 認定音楽療法士

20代は、ヤマハ音楽教室の講師として4歳から14歳までの生徒たちと、彼らの個性を尊重しながら音楽する楽しさと、コツコツ練習の習慣やアンサンブルの面白さを共感しながら伝え広げた。ヤマハの新しい特別クラス(ドラムやアレンジができる子どもバンド)を担当するために過酷な2年の講師養成を経て、最終課題の作曲アレンジしたものを7名編成で演奏する。かなりとんがった講師だった私の代講は、誰にもできないと信じていたが、25歳で結婚し流産したことで、考えを改め(笑)子育てに専念したい願望よりヤマハ講師を卒業。

30代は、3学年違いの3人娘の育児をかなり堪能し、娘たちの通う音楽教室でそれぞれの指導法をチェックし学びを深めた(笑)桐朋学園大学音楽学部附属「子供のための音楽教室」や、もちろんヤマハ音楽教室、プロのピアニストに指導してもらった音楽教室、そして私の中学時代からの恩師(ヤマハ講師時代、偶然にも同じ楽器店所属だった)M先生に、3人娘の音楽指導をお任せして音楽性豊かに育ててもらう。東京都文京区民→港区民を経て、千葉県民となる。

40代は、自宅で個人ピアノレッスンをスタート。広告なし、口コミだけで生徒が集まるユニークな指導法が評判となり、ママ友との立ち話からキッズドラム教室をスタートすることに。
ひょんなことから「売れるメルマガライター」のプレターム生となり、課題のビジネス本や医療の本を大量に読んだり、高額なフォトリーディングを受講したり、日本橋にある老舗薬局のメールマガジンを担当したり、書くことの量稽古をしなくては!と、メルマガ「ピアノのおけいこ」を毎日配信したり、自分の時間が欲しくて朝3時に起きていたり。
同じ時期に、ピアノ講師仲間から「人数が足りないから来て!」と誘われたミュージックベル講座に参加。ほかのどの楽器のアンサンブルとも違う面白さに、びっくり体験。
清水の舞台からダイブした決意で、ミュージックベル・スーパーをへそくりの12万円で購入。さらに、群馬県高崎市まで新幹線でミュージックベル講習会に通い、全日本ミュージックベル連盟認定講師となる。なんと、流産した子どもの出産予定日の20年だったことにびっくり。

50代は、ミュージックベル講師として国内や国外にもベルをかついで「1日でベルが演奏できる講座」や、著名な方々とのコラボセミナーを開催。
「はじめよう!ミュージックベル」そして「楽譜が読めなくてもミュージックベルが演奏できる本」を自由現代社より出版。
東京都足立区で講座の依頼を受けたご縁から、ミュージックベルのクラスを担当し、毎年、舞台で発表している。
日本音楽療法学会で10年近く勉強を続け、二浪した後に(笑)学会認定音楽療法士となる。

好きなコトバは「色即是空」そして「Never Too Late!!!」

新しい出会いや体験が、わくわく楽しみでしかたない好奇心旺盛なピカピカの60歳となり、ミュージックベルやトーンチャイム、ピアノという楽器を通して、音楽を創る面白さ、自分にしか出せない音色があること、イメージして音楽すること、をひとりでも多くの人に体験していただけたら、とさらに強く願う日々。

そして、一方的な情報をお伝えするだけではなく、参加者さんたちの体験をシェアする場所として、音楽カンファレスを開催して、氣づきや学びを得られる機会を設けたいと、たくらんでいる今日この頃。

浮世ばなれしている!と言われることの多い、ピアノ音楽講師
ドラムもたたける、ミュージックベル編曲家
自分の音楽を創る楽しさを広げている、ミュージックベル@友の会 主宰
全日本ミュージックベル連盟 認定講師
日本音楽療法学会 認定音楽療法士


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